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……一瞬だった。
薄氷のように呆気無く壊れ、掴んでいたと思っていた掌から瞬く間に溶けて流れ落ちて。
――後には悔恨と苦痛と失望と、深い悲しみだけが水溜まりになり張り付いていた。
夜中、何かが動き回る微かな気配に気付いた。
鼠のようにひっそりと、けれど猫か何かが獲物を値踏みするような冷たいそれが酷く彼を不安にさせて。
彼は己の両側に寄り添って眠る幼い弟妹達の小さな肩を揺すり、起きたその子等に扉に鍵をかけ、けして外へ出ないよう言い含めてから静かに廊下へと出た。
閉めた扉に鍵のかかる音を確かめると同時に、歩き出す。
――やはり、何か物音がする。
そろそろと音がした玄関ホールへと足を進め、玄関の扉に目を留めればそこは薄く開かれたまま放置されていた。
……施設の大人達なら、こんな無用心なままにはしておかない。
彼はいよいよ形を成してきた嫌な予感に身震いし、大人達に知らせようと彼等が常駐する棟へと急いだ。
季節は冬。
深夜で暖房も点いていない廊下は酷く寒く、幼い彼の息を凍らせ、急ぐ彼の手足と頬をじんわりと紅く染めた。
数分後、辿り着いた大人達の部屋の扉を開くや、室内に飛び込んだ彼は呆然とした。
(……いな……い…?)
慌てて他の部屋も見て回るが影も形も無い。
状況が理解出来ず混乱した頭で、とにかく彼は弟達の元へ戻らねばと思った。
今来た道を息を乱し駆け戻る。
……酷く胸が騒ぎ、不安で堪らない。
同じ距離の筈なのに、行きよりずっと長く感じる距離を駆け終え、辿り着いた部屋の扉に手をかけ開くと、彼はその場で凍り付いた。
部屋の中央には小さな弟妹達。
自分を見詰め返す彼等の華奢な身体が、遠目にも解るほど震えているのを視界に納めつつ、彼のノブを掴んだままの手も小さく震え。
(…………鍵、開いてた…………。)
彼が恐怖に震えつつそう脳裏に浮かべた直後、その意識は闇へと沈んだ。
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