Act.1 始まりの声

4/22
前へ
/28ページ
次へ
幼い頃から親の都合に逆らえず、従わせられ続けた賜物であろう卑屈な劣等感。 心の根底に根を張るそれが『幾ら抵抗しても無駄だ』と訴えかけてきて、最終的に親の決定に己を従わせてしまう。 その事を悟って以来、俺の抵抗はどこか上辺だけの形式的なものになっていた気がする。 親父もそれを分かっているからこそ、俺の事を全く相手にしようとしないのだろう。 『本気で対峙しない奴とまともに話をする気は無い』 ブランド物のスーツで身を固め、再び数週間家を出て行く親父の背中はそう語っていた。 そして親父が出て行った後に残されるのは吠える事も出来ない惨めな負け犬だけ。 (もしも……俺が本気で親父と向き合ったら、アイツは自分の考えを変えるのか?) そんな自身の姿を記憶から客観的に眺めた俺は、日頃偶に思い浮かべる疑問を己へ問う。 無音の問い掛けに答える為、思考が再び動き出し、 「……やめだ」 自身の声に活動を止めた。 只でさえ気分が沈んでいるのにこれ以上ネガティブになってたら精神が保ちそうにない。 どうせ愚痴っても何も変わらないなら、いっそ何も言わずに我慢した方が疲れずに済む。 それに……これ以上考えていたら本当の意味で嫌な事を思い出してしまいそうだった。 (って……そう言う考え方が負け犬なんだろうよ、俺) 『間も無く、平坂。平坂です。右のドア開きます』 「っと……もうそろそろか」 自嘲の吐息に被さる車内放送。 電車の外見から想像した通り音質の悪いスピーカーから吐き出される声は電子音声などでは無く、年老いた運転手のもの。 その声が響くとほぼ同時に電車はトンネルへ突入し、外からの光を断たれた車内は頼りない電灯が照らすだけとなった。 (トンネルを抜けたら俺の新しい世界が開かれる訳か……) 少しでも気分を上げる為に自分を待つ土地を少しばかり格好つけて心中で呼んでみる。 が、その『新世界』がどうしようも無い田舎と分かっている以上、どんな言い回しをしようが気分は沈んだままだった。 自分の行動に虚しくなりながら降りる準備として頭上の金網に置いた大荷物を掴み牽引。 年季の入った金網が軋み、続く動きによって引かれずり落ちてくるスポーツバッグ。 それをひと息に受け止めた俺はザックに写真を積めてから背負い、スポーツバッグを肩に掛けた。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加