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○ ○ ○ ○
そこは異質な空間だった。
城塞都市の中央。そこに建つ広大な敷地を持つ学園に穿たれた、直径50メートルを超える巨大な縦穴。
立坑の深さは地下300メートル程にも及び、最深部は一筋の陽光すら届かない。
しかしそんな深い地の底の筈なのに視界は暗闇で閉ざされる事なく、空間は柔らかで暖かい光で満たされている。
淡緑の燐光を放つ事で縦穴内を照らすのは床や壁面の大半を覆い尽くす、人体程の太さを持つ無数の樹根。
無秩序に張り巡らされたそれはやがて穴の底の中央で絡み合い、大きな揺り籠の様なものを形成する。
そしてその中に浮かぶ1人の少女が光源となって暗闇をかき消す程の一際大きな輝きを放っていた。
「綺麗だな……」
少女はまるで水中に揺蕩うかの如く金の長髪を靡かせ、その身を包む幾重にも重なった白の布地を揺らす。
自らが光源となる事で陰影の消えた肌は陶器の如く色白で艶やか。
双眸を閉ざした顔はまるで芸術品の様で彼女には見る者を圧倒する人間離れした美しさがあった。
それもその筈だろう。何せ、眼前に浮かぶ少女は言葉通り人間ではないのだから。
けれど例えそれを知っていたとして。
尚且つ彼女の日常の姿を知っていたとしても、その神秘的な光景に私の視線は釘付けになっていた。
それこそ無意識に自分の口から漏れ出た言葉など、気付きもしない程に。
「しっかし、『祭壇』開くのも何年振りなのかねぇ……。少なくともアタシが赴任して初めての事なんだけど」
「っーー、先生」
そんな私の意識を現実に引き戻す声が背後から響いた。
多少低めではあるものの女性的な柔らかさのある声音はよく知ったもの。
だが、少女に魅入っていた私は唐突に響いた声に驚いてビクリと身を震わせてしまう。
その場にいる私に話し掛けるにしては必要以上の声量の後に続く小さな笑い声。
今の今までその同行者の存在を忘れていた事を本人に悟られていたのを意味するそれに、私は咳払いと共に声の主を振り返る。
「私だって初めてです。最後に開かれたのは確か90年近く前と聞いてます」
「約100年前……あの大戦以来か。ってこたぁ割とロクな話じゃなさそうだな」
振り向いた視線の先。
少女が放つ光から遠ざかる様に壁に背を預けた赤髪の女性は此方の返答に溜息を落とす。
彼女の表情は根の作る影に隠れてよく見えなかったが、溜息の理由は考えるまでもない。
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