Act.1 始まりの声

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「うわ……なんだこれ。綺麗に切れてんな」 記憶にあった形から大きく姿を変えたバッグの無惨な姿に思わず声が漏れる。 繊維のほつれさえない滑らかな断面。 大型の裁断機械に掛けられたかの如き残骸は明らかに獣の仕業ではなかった。 土や苔の欠片も付いてない断面からは同じく切断された衣服や勉強用のノートが。 その一部にはお気に入りのシャツもあったが、もうこの際構ってられない。 残骸を漁り、落ちていたザックを開けて中身を確認しながら俺は使えそうなものだけをピックアップしていく。 「大体こんなもんか……。水のペットボトルがあったのは幸いだな」 1Lペットボトル、タオル、菓子、電子辞書、スマートフォン、時計、その他幾つか。 結局今目の前に並んだそれらが五分の仕分け作業で残ったものだった。 菓子とペットボトルは言うまでもなく必須。 タオルは汗を拭いたり包帯代わりにしたりと使える用途が広いので持って行く。 スマートフォンと時計に関しては圏外&指した時間が明らかにおかしかったが、唯一の連絡手段故に捨てる訳にもいかない。 電子辞書に関しては……まあ多少の思い入れがあるから持って行く事にした。 なるべく持って行く荷物は少ない方がいいが、壊れていないしコンパクトだからこれ位は問題ないだろう。 そうやって一つ一つの荷物に理由付けをしながらそれらをザックの中へ。 詰め込み作業は一分もかからず終わり、他の荷物は置いていく事への後ろめたさから近くの木陰に隠す。 これで出立の準備は整った。 (とりあえずは日が暮れるまで歩く。目標はこの森を抜ける事だけどーー 「下手すると野宿も覚悟しないといけないかもなこりゃ……そうならない様に祈りたいが」 どうにも楽観視の出来ない状況。 少し先の未来も見えない、まるで視界の限り続くこの森の如く閉ざされた世界に汗が一筋垂れ落ちる。 だが同時に「立ち止まるな、前に進め」と言う意思が心の底から沸いても来る。 先程の自分への叱咤とは違う。自発的ではない、脅迫観念の様な感情。 俺がその感情の出所を知るのはもう少し後の事だった。 「さて……行くか!」 自分でも良く分からない、正体不明の内からの衝動を両足へと込めて。 俺は何となくなだらかに感じる傾斜の方へ下る様に歩を進めていった ○   ○   ○   ○
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