皇紀1125年3月

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「なぁ水兵。あの噂はなんだと思う」 「あの噂………ですか。自分はやはり北方の《帝国》では、と思っております」 見張り台にいた入隊仕立ての水兵に話しかける。掌帆係の部下で揺れのせいか高いせいか顔が青い。 無理もない。掌帆は太いとはいえ頼りない足場紐に目の前の帆架だけで帆の操作をしなければならない。嵐の時は更に大変だ。横殴りの暴力的な風と雨で、帆架に抱きつきながら帆を畳まなくてはならないのだから。 無論何人かは確実に死ぬ。だから海軍は様々な餌で平民の入隊を誘うのだった。そうでもしなければ定数すら満たせない。 「《帝国》ねぇ………」 目の前の海を見やる。《ヘラクレス帝国》とは地図上では《蘇》の上に位置する世界最大の大国で、間違ってもこのちっぽけな《大和皇国》が戦争をやらかしてはならない国の一つである。ただし、最近はその大国も陰りが目立ち始め、めっきり落ち目だと聞いているから余計心配が募るのだ。自国の問題を他国に押し付ける専制主義だから尚更。 「ないない。いくら言ったって、あの《大帝国》だぞ。水兵仲間じゃ持ちきりなのか?そんな噂が」 「えぇ、まぁ。ただ最後は皆さんあるわけないで終わるんです」 潮間は其処まで聞いてまた見張り作業に戻った。もしかしたら戦争か、しかもそれは明らかに先の見えた負け戦になる。とはいえ、この慟哭は焦りからか、それとも期待なのか潮間には分からなかった。
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