皇紀1125年3月

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朝から海面を覆っていた霧が晴れた。潮間俊充(海軍)少尉は首にぶら下げていた凱堂屋製の双眼鏡を覗き込む。 今日も軍事不可侵海域にはどの国の軍船の姿もない。メインマストの上の見張り台から伝声管で直接船長以下の将校が乗り込む艦橋(といっても掘っ建て小屋のような簡素なもの)に伝える。 御年28才の潮間俊充(海軍)少尉は《皇海船団》所属、駆逐船(安芸雨)の掌帆長である。彼の仕事は主に二つ、一つは荒くれ揃いの海兵を指揮して帆の調整をする事、そしてもう一つが今やっている見張りだ。 勿論、この二つは主に、というだけで、この水兵団上がりの希有な少尉には様々な雑事が肩に乗っている。彼は掌帆長であり、この船の将校年長者であった。その下には将校学校出の26才、磯野均大尉がいるだけである。駆逐船のような船には将校は3~4人という常識に適っている。 「船長、今日も滅多な軍船は見つかりません。軍事不可侵海域は今日も平和です」 「ご苦労少尉。そろそろ其方に海兵を送るから君は休め」 船長の声が伝声管から聞こえる。潮間少尉は手摺りに捕まりながら目の前の海を見た。 軍事不可侵海域、それは度重なる海洋上での衝突を防ぐために創られた、如何なる軍隊も侵入出来ない海域。《安芸雨》の任務はその海域の見張り。尤も大した事ではない。当たり前だが、この不可侵海域を荒らす輩はどこにもいないからだった。
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