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初めて上がりこんだ、やけに広いマンションの部屋に、この不思議な女性は自然に溶けて馴染んでいた。
独り身の部屋にあることに非常に違和感のある、大きな革張りのソファの隅っこに、ちょっと体を縮めて座っている。
黒い長袖のワンピースにストッキング。黒髪と黒目。薄紅色の唇。
彼女が纏う色はそれだけだった。
この部屋にも色がない。
けれども、あえてモノクロに作り上げられた空間は、その色の割になんとなく温かい。
まるで魔女みたいな恰好をした、女性が一人いるだけなのに。
私が部屋に入っても、加藤は文句一つなくさっさと別室に引っ込んでしまい、立夏は戸惑う私に覚束ない手つきで緑茶を淹れた。
こんなぼやけた人の手からできたとは思えないくらい香りが良くて、美味くてびっくりした。
美味しい、とこぼれた私の言葉に、彼女は初めて声を上げて少しだけ笑った。
「気が付いたら、ドアの前に立っていたの」
立夏は、こんなにおいしい緑茶の湯飲みに、勿体ないことに何故か氷を一つ落として、それを啜りながら言った。
言葉だけ聞いたら夢遊病か、記憶喪失、そんな自分の世界にはないファンタジーなことを言っているようだったのに、彼女の言い方は、天気が良いからお洗濯をしたの、と言うのと全く変わりがなくて、私はそれを否定する言葉をなくしてしまった。
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