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  「良くわからなくて、目の前にあるドアノブを回したら、開いちゃったの。だから中にそうっと入っていったら、加藤さんがこっちを見てた。出ていけ、とか、誰だお前、とか、全然言わないで、こっちのことをただじっと見てた。あんまり何も言われないものだから、行くところがないから、入れてくれませんかって話をしたら、このソファと毛布を貸してくれた」  やはり記憶喪失というやつですね、なんて、私には言えなかった。  それと同時に、初対面でしかも不法侵入した身元不明の彼女を、あっさりと受け入れ部屋に通した、ドアの向こうにいる仏頂面の上司を思った。  仕事はできるが、穏やかさとか笑顔とか、そういう他人との潤滑油になるパーツがどうも欠けているように見えてしまう人だったので、自分でも良くわからないうちに何故か彼とそこそこ上手く付き合うようになった私に、何人かは首を傾げていたものだ。  立夏のことを話したら、その同僚たちはどんな反応を返すだろう。  思い浮かんだ同僚たちの、ぽかんとした顔が可笑しくて、私はにやりと笑ってしまった。  そうしたら、立夏もつられてクスリと笑った。  二人で、何が可笑しいのかわからなくなるくらい、笑っていた。  その後、あまりにいつまでも私が帰らないことに痺れを切らした加藤が私を追い出すまで、私と立夏は繋がりも何もない途切れ途切れの言葉と空気の中で、始終クスクス笑っていた。  私と立夏は、繋がった。  
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