春の日のプロローグ

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なるほど。つまり。 『実験、てわけね。いい趣味してるわ、お兄さん』 「でしょ?」 別に褒めたわけではないのだが。 「あ、でも最後のあれ。あなたである必要性?それにはお答えしましょうか」 お兄さんは何もない空間に向かって大きく手を広げる。 「人間はね、おろかでか弱い生き物なんですよ。そのくせその自覚がない。自分が一番強くてなんでもできて、世界は人間だけで成り立ってると思ってる。それってなんだか腹ただしくないですか?」 黙っているあたしに振り返り、にっこりと笑う。 「その人間が最期の瞬間、自分が『飼ってあげている』はずの犬や猫に救われたら。弱者であるはずの、人間以外の生物に救われたら。なにか感じるのかなと」 実はあなた以外にもたくさんの実験をしています。無言のままのあたしにお兄さんはそう言った。同志を散りばめたと。 「すれ違う程度でもすぐにわかるはずですよ。超直感てやつで。協力するもよし、情報交換するもよし。お好きに行動してください」 『あたし以外にも――』 「はい。期限はそうですね、彼が天に召されるまで。防げればよし、防げずともよし。あなたに特にリスクはないのでお気楽にどうぞ」 では、とお兄さんは腕にはめた丸い形の時計を見つめる。 「そろそろお時間ですね。次の方のところに行かなければ。目が覚めたときにはあなたは立派な人間ですよ。では期間限定の人間生活を楽しんでくださいね」 え、ちょっと待ってよ。言いかけたところで意識が遠のく。 そのままずるずると引きずりこまれるようにして、あたしは闇の中に呑み込まれたいった。
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