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少年はにこにこと笑んだまま、立ち上がる。そこで初めて気がついた。――ここ、どこ?
先ほどまで眠りこけていた彼の部屋でないのは確かだった。
何もない。少年以外なにもないのだ。山盛りのキャットフードも、脱ぎ散らかされた彼の服も、彼の布団も、なにもかも。
『ここ、どこなのよ?』
「ふふ、困惑されるのも無理はありません。ここがどこか、というのはいまいち口で説明しにくいのですが。……そうですね、あなたの夢の中、とでも言っておきましょうか」
ではこれはまだ夢の中なのか。道理で現実感が薄いと思った。それにしても不可解な夢を見るものだ。
『で、何の用なのよ少年』
「少年とは失礼な。これでもぼくは二十歳なんですよ。あなたよりお兄さんです」
人間の二十歳ならば、彼と同い年だ。とてもそうは見えないが。
どこからどうみても十三歳前後の見た目である。くるんとした薄い金の髪がそれを助長させている。こちらを覗き込む大きな水色の瞳は澄んだ色をしていて、今日見た空を思い出させた。
『それはごめんなさい。じゃあ何のご用かしら、お兄さん』
「賢いお嬢さんですね。――ぼくがあなたを訪ねてきた理由なんですが。あなたのご主人様、サエヤマユウさん?単刀直入に言いますと、一ヵ月後に死にます」
あたしはぽかんとしてお兄さんを見つめる。――死ぬって?誰が?
『なに、死ぬって』
「そうですよねぇ、急に死ぬなんて言われても理解できませんよねぇ」
神妙な面持ちでうんうんと一人うなずくお兄さんに、あたしはますます困惑する。
『なんで死ぬのよ、彼すごく元気よ』
「死なんて唐突なものなんですよ。誰にとっても例外はない。身近に感じにくいだけであって、影のように潜んで付いてきているもの」
『でもなぜ彼が』
お兄さんは長い睫毛を伏せる。一瞬言いよどむ様子を見せたが、あたしが黙って続きを待っていると、意を決したように口を開いた。
「彼は――一ヶ月後に事故に遭います。ある女の子が車に轢かれるところに遭遇して、身代わりとなるんです」
あたしはぼんやりとお兄さんを見つめる。なるほどそれはなんとも彼らしい、と頭の片隅でどこか冷静に考えていた。
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