春の日のプロローグ

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『それは……困るわね』 ぽつりと零すとお兄さんはなんとも奇妙な面持ちでこちらを眺めている。 「あのぉ……つかぬことを伺いますが、もうちょっとこう、ショック受けたり悲しんだりしないんですか?愛しい愛しいご主人様が、あと一ヶ月で死んじゃうんですよ?」 『生物はいつかみんな死ぬものよ。あたしだってそうだもの。決まっているのなら仕方がないじゃない。それよりその先暖かい寝床とご飯が失われるってことのほうが、あと十年近く生きるはずのあたしにとっては死活問題だと思うの』 淡々と呟くと、意外なことにお兄さんは小さく笑った。 「達観したお嬢さんですねぇ。まだお若いのに」 彼のことが嫌いなわけではない。むしろ大事にしてくれて、ありがたいと思ってるしうれしくも思っている。 ただそんな感情よりも、飼い猫として生きてきた自分が野良猫としてやっていけるのかどうかのほうが微妙に不安だった。 「――そこで一つ、提案があるのですが」 しばらく続いた沈黙ののち、お兄さんは人差し指を立てて言った。あたしは顔を上げる。 『提案?』 「はい。今回僕があなたのもとに訪れた一番の理由です」 にっこりとお兄さんは笑う。あたしは首を傾けてなによ、と問いかけた。 「お嬢さん、しばらく人間として暮らしてみませんか?」
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