春の日のプロローグ

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あたしは何度か瞬いて、言葉の意味を脳内で反芻する。 『人間に……ってなんの冗談よ』 「冗談ではありませんよ」 お兄さんはふふ、とまた笑う。実はね、とまるで内緒話をするように声を潜めた。 「僕は死神でもあるんですけど、魔法使いでもあるんです。お嬢さんを人間に変えるくらいちょちょいのちょーい、なんですよ」 しゃがみこんで視線をあたしに合わせ、お兄さんはぱちりとウインクして見せた。 そんなことが可能なのは、本か映画かテレビだけって彼が言ってたのはいつだったか。 確か頭の中がお花畑の彼女と付き合っているときに、よくあたしに愚痴をこぼしていたころ。ファンタジーが大好きで、俺とは合わないんだよなぁって。 もっとも本とか映画とかテレビとかが何を指すのかもわからなかったけど。ここではないどこかならできるのだろうと勝手に納得していた。 ではここならできるのか。ここがあの、本とか映画とかテレビとかの世界なんだろうか。
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