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すると、女は僕の疑問を察したのか今度は白いその指で、公園の端にある薄暗い場所を指したのだった。なにか白い看板らしきものがあったので、僕はベンチから立ち上がってそこまで歩いて確認すると『宅地予定地』と書かれている。工期は来年からだそうだ。
そうか……。
そういえば、僕が入ってきたのは裏口で、そこから見るなら国道から丸見えの社だった。本来なら本殿は森の中央に位置させるから、既に森の大半は失われているということだ。
納得した僕は、再び西陽の光線が当たる朽ち掛けたベンチへ視線を戻した。だが、どうやら看板を読んだ事で現世との結界を破ってしまったらしく、狐の姿は其処になかった。
普段の僕は現実主義者である。いや、正直に言おう。現実主義者を装っている。だから、他人がオカルト話を振ってこようものならば、必要もない屁理屈で論破して楽しむくらいアンチなのだ。
僕には論拠の無い不可思議は絶対に通じない。答えは必ず説明できる範囲にある、或いは無くともその範囲で治めるべきと考えている。しかし本当の僕は不可思議を不可思議としてしか捉えてはいない。今語った不可思議な狐の話は実話なのだが、ただこうだったというだけのことに過ぎず、論拠がないので他人に語りもしない。
翌年、突然思い出したようにあの神社へ向かったのは、晴れているのに雨が降ったからだ。短い天気雨だったので、もしかするとまた嫁に行きそびれたあの狐に逢えるかもしれないと思った。
神社に着くと、そこは既に宅地となっていて、丸裸にされた社が何処からでも見ることができた。あれだけ鬱蒼としていた鎮守の森は、何処にでもある『垣根』程度にしか残っておらず、狐と出逢った公園は存在していたが、やはり樹木は取り払われ、園内に桜の木が数本植えられているだけであった。
結界が無いのだから、狐と逢うことはできない。まぁ、強く期待したわけではないのでそのまま帰ろうとすると、ふと気づいたことがある。どこの神社でも隅っこや境内の外れに稲荷があったりするから探してみよう。
稲荷はすぐに見つかった。
僕は賽銭をおくと、作法など知らないまま掌を合わせた。
第二十七話
『天気雨』
― 完 ―
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