第三話

2/3
4619人が本棚に入れています
本棚に追加
/1167ページ
 とある会合で知り合った女は、どこの田舎者かと思わずにはいられなかった。印象としてはギャング映画に出てくる浮浪児のようであり、ダボダボのコートを着てブカブカのズボンを履き、ボサボサの明るい色の髪は明らかに洗いざらしで、よほど前髪が邪魔なのかゴムで束ねてチョコンとオデコの上に立ててある。化粧気はまるで無く、鼻の周りにはソバカスが散らばり、踵の磨り減ったブーツは泥だらけだった。身綺麗が当たり前であるだろう現代の女とはとても思えない姿であったが、せめてもの救いと言うべきか、不潔な印象はまったく無かった。女は、テーブルの料理を手当たり次第に休むことなく食った後は、騒がしい宴会に構うことなく当たり前のように寝始めた。  やがて会は御開きとなり、上手くいった男達はお持ち帰りに成功した相手と、さっさと店を出て行った。上手くいかなかった男達は私を含め、残り物を漁るべきなのだろうが、正直なところ面倒臭かったので、トイレに行くふりをしたまま店員に訳を話して、裏口から出してもらった。  私は一刻も早く帰って独りで眠りたかったのだが、この夜はそう上手くはいかなかった。寒空の下、さっきの女が電柱に上半身をもたれて寝むりこけていた。幾らなんでも見過ごせないので、立たせてやる為に抱きかかえると、それを横で見ていた酔った友人に、「マニアですねぇ、そんな子がいいんですかぁ」と、からかわれてしまった。  私は彼に、この女の連れを呼びに行ってもらったのだが、どうやらとっくに消えていたようだ。私は迷った末にタクシーを自宅へと走らせたのだった。  翌朝目覚めると、折角ベッドを空けてやったにもかかわらず、女は冷たい床で毛布にくるまって寝ていた。何度となく声をかけてはみたが、眠い眠いとまるっきり危機感を持ってはいないようだ。この女が状況をどう感じているのかは分からないが、それでも眼が覚めれば勝手に消えるだろうと、私はそのまま仕事へ出かけ、夜にはすっかり忘れて帰宅し、それでも玄関前で、はたと思い出したのは、家から明かりが漏れていたからだ。  恐る恐るドアを開けると、まるで自宅で過ごしているかのように女は、煎餅を食いながら寝転んでテレビを見ているではないか。その上「あっ、お帰り」と、まるで家族が帰って来たかのような扱いだ。その様子があまりにも平然としたものだったので、私は呆れて可笑しくなり、つい「ただいま」と、応えてしまった。  女は、その日以来帰ろうとはしなかった。求愛するでもなく、懐を探られるわけでもなく、口のきける子犬を拾ってきた、そんな感覚であったのと、少し前に私は失恋したばかりだったので、寂しさも多少手伝い、邪魔だとは思わなかった。  初めのうち、女は私に小遣いをせびりながら食い繋いでいたが、渡せば渡した分だけその日のうちに使ってしまう。大半は食費らしく、常に何かを食っていた。少額しか渡さずに数日家を空けて帰ると、腹が減ったと泣いていたこともある。ある時などはカレーを作ると言うので金を渡すと、材料費だけで使い果たしてきた。その夜私は、一鍋が一万円もする不味いカレーを迷惑そうに食ったものだ。 .
/1167ページ

最初のコメントを投稿しよう!