第二十一話

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 お雪は寝入る末の子供の。腹を優しく叩いて黙り、妙な沈黙が心地悪くて、多助は無理に言葉を繋いだ。 「気を悪くしたのかい?」 「そういう訳ではありません。が、そんな話を今更どうして、されたのだろうと考えました」 「ふと思い出しただけの事。悔いの残ることだったから、忘れていたのかもしれないな」 「聞けば恐ろしいお話しですが、そこに現れた篝火を、あなたは確かに見たのでしょうか」 「五つか六つの篝火が俺と親父を追ってきた」 「何者だったと思われますか」 「魑魅魍魎の類いだろう。あそこに人は居ない筈だし、居たとするなら隠れ住む、盗賊どもに違いない。 思い当たることが他にあるかい」  しかしお雪は黙ったままに、寝入る子供に頬を擦り寄せ、見れば泣いているようだ。 「今更ながらにお伝えします。私が此処へやってきたのは、あなたを探して見張る為…。私共は河越の、三代続く末裔でして、森の中でひっそりと、返り咲く日を待っています。立ち入る者を防ぐため、夜に見廻り捕らえまするが、あの夜御二人を取り逃がし、見つけ出して殺すよう、私は任を預かりました」  青くなった多助だが、とは言え二の句も出てこない。 「今もあなたを手伝いに、川を越える度に河越と、報告のために通じています。それがあなたであることは、夫婦ですから分かっております。ですがあなたはお忘れのよう、しかも子供が生まれ幸せで、あなた御自身が黙っていれば、墓まで持っていくつもりでいました」 「ではこれからどうするつもりだ」  震えながら尋ねる多助に、「いつかこんな日がやって来る…、恐れ恐れて生きてきました。そこで耳をお貸しください」  刺されるのではと恐がる多助の、耳へお雪が顔を寄せ、掠れた小声でこう言った。 「それがあなたとは知られずに、今も隠し仰せておりまする、だから安心してください。しかし私が見張られています。或いは今の話が漏れて、もはや待ったなしかもしれません。これから私が見張りを呼んで、刺し違えて参ります。女の身ではありますが、相手も油断をしているでしょうし、腕におぼえもあります故、まず失敗はないでしょう。ただしあなた頼みましたよ、子供達を頼みましたよ、きっときっと頼みましたよ」  そう言うが早いかお雪の姿は、吹雪の中へと消えてしまった。    *  以来再びお雪は帰らず、村の勧めで後妻を貰い、何不自由なく月日は流れ、子供も育ち孫を得て、多助は歳を重ねて行った。 .
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