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初春のひんやりとした空気は、広すぎる我が家にはさびしいくらい響く。 家にいるのが自分だけというのが何とも切ないものだが、もう慣れっこだった。 父親が急死したため、父親が経営していた旅館は営業停止となった。その後、母親が他方に色々手を回して危ない橋も渡りきってようやく旅館としてではなく「普通の」一軒家としてこの家を買い戻したのだ。 一体どうやって買い戻したのか、というかよく一軒家として認められたな、などという詳細など複雑なその他諸々の事情はその息子には教えられていない。所謂大人の事情というヤツだ。 「……!やべっ、遅れる!!」 時計を見て焦った。時刻はとっくに八時を二分ほど過ぎている。 急いで制服に着替え、通学用の鞄を取って二階にある自分の部屋から飛び出した。 ドタドタと走る足音以外は何も聞こえないシンとした家の中、自分以外の人間がいないというのもおかしなものだ。 ちなみに、父親は他界したが母親はまだ一応生きている。今は、町内の温泉旅行とやらで出かけていて留守にしている。 だから小さめとはいえ、この広い旅館にいるのは自分一人ということになる。 当然、朝食など用意してくれる人がいるはずもなく、仕方なく食パンを一枚咥えてから靴を履き、鍵をかけて家を出た。
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