第一章─時間─

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夢を見た。 夢の中でオレは一人の女で、目の前にいる男を愛していた。 その男はあまりに異端で、強くて、そして嫌われていた。 それは彼が英雄と呼ばれるようになってからも続いた。 しかし彼は誰も恨まなかった。 恨む心が欠落してしまっていたのだから。 それが余計に人々に恐怖を与えた。 やがて彼は、精神に異常を来すようになった。 向けられた憎悪や恐怖は、彼を確実に蝕んでいた。 彼は純粋だ。 故に、耐えられなかった。 反してオレは利己的だった。 彼が発狂するようになり、オレは見ていられなくなった。 だからオレは、彼に残った心を破壊したのだ。 彼は心を失い、人間らしさが微塵もなくなってしまった。 無理もない。 心がないというのはそういうことなのだから。 それなのに、何も感じないのに、周囲は彼を嫌悪し続けた。 だからある日、石を投げつけてきた子供を殺した。 次の日、殺した子供の父親が復讐心に駆られ、彼に襲い掛かった。 それを全く躊躇わずに殺した。 次の日、彼を捕まえに来た師団を壊滅させた。 オレはそれを止められなかった。 彼はやがて姿を消し、自分の存在を全て消してしまった。 その日から現在に至るまで、オレが彼を守れなかったことを後悔しなかった日はなかった。オレが彼の心を殺してしまったのだから。
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