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「心?」
飛鳥はヒズミの言葉を反復したが、ヒズミからの返事はなかった。
飛鳥は少しだけ考えてみた。しかし、どうにも説明できない。
「私には──分からない」
「持ってるのに分からねぇのかよ?」
「言葉にできるほど簡単なものじゃない。多分」
「は。笑えねぇ」
虚しい沈黙が落ちる。
何の音も、動くものもない。
飛鳥は──どうすればいいのか分からなくなっていた。
父と兄を殺したという張本人が、まるで死人のような姿をさらしている。
飛鳥にはそんなヒズミこそが被害者だと思えて仕方がなかった。
「オレは、テメェらが素晴らしいものだと賛美する心ってものに、何度も何度も傷を負わされてきた」
「え?」
唐突にヒズミは顔を上げ、人形の目で笑う。
空っぽのようでいて、悪意に満ちているようでいて、作り物のようでいて、偽物のようでいて、しかし底無しに深い海へ、飛鳥は沈んで行く。
今自分がいる場所に実感が持てなくなっている。
「気が向いた。カワゾエアスカ、昔話をしてやる」
飛鳥へと向けられているはずの言葉なのに、その声は一人言のように虚しく響いた。
──どこまで沈むのだろう?
ここより先に進めば何か取り返しのつかないことが起きるような気がしたが、飛鳥はもう底に行き着くまで沈み続ける他になかった。
この歪みという海に──
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