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「よろしいのですか」と、陶酔の最中にいるぼくを現実に引き戻す、きみのやわらかな声が聞こえた。はっと振り返ると、きみの背後で緊急事態を告げる警報がけたたましく鳴り響き、赤色灯がぼくの不安をかきたてていく。
「あかね」
はじかれたように、ぼくは無我夢中で駆け出していた。そこにあるものを守りたくて、そこにあるものを失いたくなくて、ただただがむしゃらにこの手を伸ばす。数メートル先に出現した光のとびらに飛び込むと、ぼくの身体は星くずとなってこの場所から消滅する。
ぼくはなにも知らなかった。
守るということがどれほど滑稽で、どれほど困難なことかを。失うということがどれほど単純で、どれほど容易なことかを。そして守りたいとねがったものほど、残酷にこの指先をすり抜けていく現実を。やがて、ぼくは知るのだ。すべての痛みを知ることになるのだ。
たいせつなものと引き換えに。
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