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秀平は昨日の夜、資料やらファイルやらで埋め尽くされたデスクに、両腕を放り出し、その上に頭を乗せて寝てしまったのである。 「駒木田。たまには家に帰れよ。」 「はぁ。でも、家に帰ったところで、誰も待ってませんから。」 「それでもなぁ~。家でゆっくり寝ないと体が休まらんぞ。」 確かにそうだ。昨日の疲れがまだ残っているような気がするのは、このためだ。 「はぁ。」 秀平は頭をかきながら、コーヒーメーカーでコーヒーを煎れた。 (コーヒーはブラックに限る) そう思った。 熱いコーヒーは体を温め、カフェインが眠気を覚ましてくれる。 コーヒーを飲みほすと、秀平はカップを「使用済み」のカゴに置いた。 そろそろ八時になる。秀平は机の引き出しから雑誌を取り出し席を立つ。 そのまま、トイレの個室に入って雑誌を広げた。しばらく読み続けてそろそろ出ようかと思った頃、先程声をかけてくれた大和田利之(おおわだとしゆき)先輩と、その同期の富澤諒太郎(とみざわりょうたろう)先輩が入ってきた。 「富澤。知ってるか?最近、提携会社の藤沢(ふじさわ)観光が経営難で大変なんだってよ。」 「おいおい本当かよ。あそこに潰れて貰っちゃ困るぜ。」 「そうなんだよな~」 二人は手を洗い出ていった。 秀平は個室を出て席についた。 (そうか。あそこが…。まあ大丈夫だろう。) 雑誌を読みすぎたのか、もう八時はとっくに過ぎている。 (ヤッベ。急がないと。) 秀平は急いでエレベーターに乗り、管制塔に登った。 「駒木田君!遅いわよ!」 栗林礼子(くりばやしれいこ)が怒鳴りつけてくる。 「すみません。」 「ハッハッハッ。また怒られてやんの。」 「ほら品川君!!仕事に戻りなさい。」 秀平の同期の品川一(しながわはじめ)はお調子者としてセンター内で悪名高い。 「駒木田君も早く準備して!!」 秀平は自分の席についた。天気は良く視界も良好。 『二百十六便(ツーワンシックス)。離陸許可お願いします。』 二百十六便。確か、上海に飛ぶはずだ。 「風、南西より十ノット滑走路(コース)Bは、現在整備中のため滑走路(コース)Dを使用して下さい。」 『了解。』 管制塔の窓から東の方角で定員三百五十人の通常(ノーマル)機が動き出した。進む方向から見るに、あれは滑走路(コース)Aに向かっているらしい。と、なるとあれは違う。 『二百十六便(ツーワンシックス)離陸します。』
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