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「夢のある世界に行ってみない?」
「そんなものがあるならばぜひ」
「でも残念。君は被刑者なのでしたー」
これが初めての会話である。彼女は突然酔いつぶれた明日の道路脇に寝る僕に話しかけてきたのだ。そしてその会話は僕が毎日そこへ行くたびに繰り返されたのだ。
「被刑者の君は何がしたい?」
「職が欲しい。うまいものを食いたい。就職までに費やした二十余年を返してほしい」
「でも残念。君は被刑者なのでしたー」
彼女が質問し、僕がそれに答え、彼女がお決まりの文句を言う。一通りが終われば、彼女は足早にどこかへ駆けていく。毎日のそれが楽しくて仕方なくて、僕は一日をなんとか食いつないで彼女のいる道路脇へ通うようになった。
「君はなんのために生きてるの?」
ある日の質問はいつもと違っていた。いつも質問するときの彼女は何の気なしに嬉しそうな顔をしていたが、その日の彼女の目は曇っていて静かだった。僕は回答に迷った。
「おれは君のために生きている」
ようやく思いついたのがそれだった。
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