現世

6/6
前へ
/20ページ
次へ
「でも残念……」 「それ以上話すな」 僕は彼女の細い両腕を掴んだ。そして体を抱きしめ、顔を近づけてキスをした。柔らかいのに、無機質なキスだった。それはたとえば僕のように。 顔を離したとき、彼女は泣いていた。彼女は僕を突き飛ばして明後日へ走っていった。風が僕の頬を慰めるように撫でた。 次の日にも彼女はあの道路脇に立っていた。暗い顔をしていた。ここにいることがイヤでイヤでたまらないといった顔をしていた。それでも彼女は僕に質問をした。 「君のために生きる私はなんのためにここにいるの?」 「おれと話すためだ」 「でも残念。君は被刑者なのでしたー」
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加