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俯いていて表情が見えないため、誰だったかの判別は出来ないが、流石に声をかけないわけにはいくまい。
まぁ、雰囲気的に一年生だろう。
少女に身を委ねるように置かれた学生鞄は、まだ幾分かきれいみたいだし。
というか、眠ってないか、こいつ……。
傍にしゃがみ込んでみると、自販機のジジジ……という音の中から、微かに寝息らしき音が聞こえた。
「おいおい、こんな寒い中で……」
いくらコートを着ているからといっても、今は寒風吹きすさぶ冬の夜中。
しかも制服のスカートだ。
放置していたら風邪を引かないわけがない。
……仕方ない。
立ち上がって少女の両肩を揺する。
「おい、こんなとこで寝たら風邪引くぞ」
「……んんぅ」
小動物のような間の抜けた声を洩らし、少女が嫌がるように頭を横に揺らす。
どうやら、なかなかに心地よい眠りについていたらしい。
一生夢の世界で暮らしてろ、とも思ったがそうはいかない。
こんな所で寝ている女子を見捨てれるほど、俺も歪んだ人間じゃない。
特に年下の女子は、何というか、一つ下のだらしない妹を思い出して、見捨てておけないのだ。
「ほら、終電逃したら帰れねぇぞ?」
「しゅう、でん?」
呂律の回らない甘えた声でぼんやりと呟き、ようやく少女が顔を上げた。
髪留めの黒いピンが外れかけていて、前髪がだらしなく垂れ下がっている。
焦点の定まらない虚ろな瞳でしばらく俺を眺めていたが、やがて俺の姿を確認して、ゆるりと辺りを見回した。
「あれ? 私、何して……」
「こっちが聞きたいくらいだけどな、それ」
ため息を禁じ得なかったが、しかし、彼女の顔と声で、ようやく思い出すことができた。
彼女は、俺の妹の友達だ。
移動教室などの際に妹とすれ違った時、いつも一緒にいたあの子だろう。
何度か妹と話しているところを見たこともある。
妹から彼女の話を毎日のように聞いているので、妙な親近感が湧いてしまうくらいに。
恐らく彼女も、俺の顔くらいは覚えているはずだ。
……覚えていてくれてると、思う。
「あの、私、えっと……」
「あぁっと、七瀬、だったっけ?」
「ふぇっ!?」
状況整理が追い付かないのか、目に見えてあたふたしている彼女を落ち着かせるべく、とりあえず名前を確認する。
返ってきたのは、裏返った素っ頓狂な声な声だったらしい。
むしろ逆効果だったらしく、彼女のあたふたは、肘を背後の自販機にぶつけるまで続いた。
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