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七瀬が真奈美を待ちぼうけている間に何本か飲み物を飲んでいるという予想に因って、敢えて飲めないであろうブラックコーヒーを選んでみたが、どうやらそれなりに功を奏したようだ。
ケータイは持っていなくても、さすがに財布は持ってるだろうし。
しかし、コーヒーを真奈美に飲ませると言ってしまったため、七瀬が電車に乗るまでは一緒にいなければならなくなってしまった。
幸い七瀬の乗る路線の方が俺の路線より早く到着するらしいので、ギリギリまでコーヒーを預けることができそうだ。
別に返してもらうことは簡単だが、温かそうに目を細めて缶をキュッと握り締める七瀬を見ていると、どうにも気後れしてしまう。
「……あの、お兄さん」
「ん、なんだ?」
「…………」
自販機の品揃えを眺めつつそんなことを思巡していると、七瀬が俺を呼んだ。
どこか遠慮がちな声が気になって見てみると、七瀬の座っていた位置が、人一人分奥にずれていた。
缶を胸の辺りで持ち、不安げな表情で俺を見上げている。
不自然に空けられたスペース。
これはつまり、そこに座れということだろう。
ずっと立ちっぱなしの俺を気遣ってくれたのだろう。
年下の女子と一つのベンチに隣同士座るのも気恥ずかしい気もするが、善意を断るのも気が引ける。全然疲れてはいないのだけれど、ここは七瀬の好意に甘えることにしよう。
礼を一言告げて、隣に腰を下ろした。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
脚と脚が触れ合いそうなくらい近くに座ってしまうと、いやがおうにも相手を意識してしまう。
よくよく考えてみると、俺と七瀬は、特に親しくも無いのだ。
真奈美の話からある程度お互いに相手のことを知ってはいるけれど、まともに会って話をしたのは今日が初めてだった。
二人の間を無言が漂う。
自販機の電灯のジジジ……という音が、やたら大きく聞こえる。
しかし、何故かあまり気まずさを感じてはいなかった。
二人ともしゃべらないけれど、大事そうに両手で包むように缶を持ってくれている七瀬の姿を見ると、気を許せた。
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