寡黙な僕

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僕はタクシーで、彼女はその客らしい。 明日の僕は荷物持ちかもしれないし、宿題代行になるかもしれない。 その前には、否がおうにも無料(ただ)という魅惑な言葉が置かれている。 今日の僕はタクシー。 そういうことになっている。 「もっと速く漕げよ」 背中からどぎつい命令が下された。 悲鳴をあげるのは、僕の太ももと愛車のオンボロ自転車。 彼女は後ろで悠々自適に携帯電話をいじりなさっている。 社会の仕組みもきっとこうなっているんだろうなぁ、ということを17にして知らしめられている現状だ。 「遅いんだよ!ハゲ!」 愛のない鞭ほど頑張りたくないものはない。 彼女の口が悪いのは今更なので、果てしなくどうしようもないし、どうでもいい。 どうでもいいから早く解放して欲しかった。 『あんたこれから私の奴隷だから』 夏休み明けすぐ、眼前に突きつけられた携帯のディスプレイには、好きな女の子の体操服をあさっている僕がいた。 本当にたった少しの出来心が生んだ最悪の事態。 その携帯の持ち主が、クラスからは色んな意味で一目置かれるDQN的存在だったことも手伝って、不幸のどん底に突き落とされた気分に陥った。 終わった、と同時に一瞬、死のうかとも迷ったが、 『奴隷になってくれたら誰にも言わない』 という幸か大不幸であるだろう信頼の薄い言葉を信じてきて、今に至る。 言葉通り彼女は、律儀に守ってくれているようであった。 本当に誰にも言ってきてないように見受けられる。 教室では絶対に僕と関わろうとはしない。 唯一命令が下される放課後でさえ、彼女が他の誰かをつれて会うことはなかった。 僕としては、とんだ変態がつまはじきにされて虐められる覚悟を毎朝固めているので準備は万端だったが、そうならないなら断然そっちが都合が良かったのは当然だった。 二人を乗せた愛車が目的の場所に着くと、悲鳴をあげることもなくなった両足がへなへなと地面におりた。 「遅いんだよ!毎回毎回何時間かけてんだっ!」 弱った膝にローキックがささる。 これが彼女流の躾らしいが、どうも僕には合っていない。 「ったく、とりあえずジュース買ってきて。炭酸で」 彼女は僕に小銭を投げる。 返事もせずに僕は自販機に向かう。 自販機は彼女から見えてしまうので、僕はいつもわざと選ぶのに時間をかけている、ふりをする。 彼女にとって僕は、凄い優柔不断な従順な奴隷なのだろう。
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