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その場所へは、最初は軽い上り坂だが、状態としては二人分ある。
十分な肉体労働だ。
「あたしさぁ、告られたんだ」
あまつさえ気分が悪いのに、どうでもいい情報が流れこんだ時のムカムカといったら表現のしようがない。
「うっわ。どうしよう。付き合っちゃおうかな」
好きにしてくれ。
「でもねぇ、顔は良いんだ。あれだよ、あれ。あのドラマのあのわかりづらい役の人の人にちょっと似てる」
その説明以上にわかづらいもんはない。
しかも、ちょっとだけかよ。
「うっわー!マジで悩むわ!どうしよう。私こう見えて誰とも付き合ったことないんだよね」
そーですか。
「でもね、でもね、あたしのこと好きだって言ってくれたんだ。こんな顔の私をだよ」
そーですか。よかったですねー。
「なんか前の彼女がかなり束縛強かったらしくて、それで縛られるのは絶対に嫌らしいの。あたしは絶対にそんなことしないのにね」
言ってることと、やってることが一致してませんけどね。
「ねぇ、あんたはどう思う?」
僕はその質問もいつも通り流すつもりだった。
でも、彼女は返答を待つように気持ち悪いほど黙りこみ、軋む自転車が唸りをあげるのがこびりつくように耳に残る。
「良いと思うよ」
とっても自然な回答だったと思う。
模範例のような回答だったとも思う。
それと同時に、彼女と話すのがあまりに久しぶりすぎたことに心底驚いた。
「やっぱり?あたしもこんなイケメン放っておけないと思う。こんなチャンス二度とないと思うし」
さっきの沈黙が嘘だったかのように流れ出る1人談義。
えらくご機嫌だな、と軽く考えていた。
その日、彼女は僕にジュースを買うことを強いなかっただけでなく、恒例の咆哮も中止だそうだ。
変わりにノロケのような話を散々聞かされた。
DQNの恋話に一切の関心がない僕は、ざるに水を汲むがごとく、帰路についている頃にはすっかり何が何だか忘れていた。
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