六章 戸惑いの連鎖

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「やーやーお二人さん。何してるの?」  そして、大地は二人を見つけると近づいていった。  翔は隆太郎と顔を見合わせて、 「お前がどこにいるのか訊いてたんだよ」  溜息混じりに答えていた。 「もしかして寂しかった? 寂しかった?」  大地が顔をどんどん近づけている事に嫌悪感を抱き、翔は手を彼の顔前まで持っていく。  そして、力の限りで額を指で弾いた。 「ってー!」  頭を抱えて大げさに痛がるその姿に翔と隆太郎は満足すると、席へと戻ろうとする。  既に次の授業までの時間はそれほど残されていなかった。  授業開始の鐘が鳴る直前。  その三人の下へ紫苑が近づいていた事に誰も気がついてはいなかった。  紫苑は無言のまま近づくと、教壇の近くに飾ってあった花瓶を手に取る。  三人が紫苑の姿を知覚した時には、彼女は行動に出ていた。 「っ!?」  あまりに不可解で、突然の行動。  誰もがその姿を見て黙ってしまった。  そう。  紫苑はその手に持った花瓶の中身を三人に向けてぶち撒けたのだ。  突然の悪意に、三人は思うように反応できてはいなかった。  翔は少しだが制服に水が染み込んでおり、大地に至ってはかなり濡れてしまっている。  隆太郎はさすがとでも言えばいいのか、恐らくはロスターの反射速度のお陰なのだろうが濡れている様子は無かった。  驚きを顔に貼り付けたまま全員が彼女に視線を向けるが、紫苑はまるで何も無かったかのように踵を返す。    そのままその場から去っていった。 「……何か怒らせるような事しちゃったか?」  隆太郎はそう言うが、翔には彼女が何もなく怒るとは思えなかった。  それ以前に、怒るという感情を持っていない事を知っているのだ。 「なんでこんな事をしたんだ……?」  それに対する答えは誰も持ち合わせてない。  翔は首を傾げたまま席へと戻っていった。  大地が紫苑に向けて、刺す様な視線を向けていた事など全く気がつかないまま……。  仮に気がついていたとしても、その視線に込められた意味がなんであったのか、この時の翔には全く理解する事は出来なかったのは間違いなかった。  恐らく、水を掛けられた事を怒っている様に思っていただろう。  真の意味を理解するのはもう少し後の事だった……。 ,
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