~白~

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~白~

「…いいでしょう、付いて来なさい。」 そう言って、件は黒澤を横切り、そのまま外へ出て行った。 私と黒澤は、何も言わずに件の後を追い外へ出た。 館の裏側に着くと…、そこにはささやかなお花畑と、小さな墓標があった。 「…これ、もう散ってしまった後みたいだけど、何の花だったの?」 「“アヤメ”です…、また、来年の5月頃には白い菖蒲が満開になるでしょう。」 「白い…、菖蒲、確か花言葉は…、“信じる者の幸福”だったか…。」 まさか、黒澤が花言葉なんて知ってるなんて…、意外。 「そして、“未来への希望”…、娘の誕生花であり、妻が好きだった花…。 妻は私と共に日本に来て、この花と、花言葉を知りました。 “この先に何が待っているのか、それはその時にならないと分からないけど、 例えそれがどんな未来でも、それが自分の未来で、自分の生きた足跡。 間違いを犯したとしても、それを忘れてはいけない、逃げてはいけない。 過去を悔いるのではなく、そこからまた正しい未来を模索する事。 そうする事で、人は正しく生きていく事が出来るはずだから。”」 「もしかして…、件の奥さんの言葉?」 「左様…、そしてこれこそ私の人生の教訓であり、妻との誓いでもある。」 何も言わずに俯いていた黒澤は、顔を上げて墓標の前に行き、頭を下げた。 「もう…、俺は二度と逃げないと誓う。 そして、逃げてしまった俺を…、どうか許して欲しい。」 誰も…、何も答えない。 ただ静寂だけが、周囲を包む。 そして、しばらくの沈黙の後、件が黒澤に問い掛けた。 「赦しは…、得られましたか?」 「いや…、だが、これから少しづつ、償っていくとしよう。」 「結構…、急いても答えが出るものではありません。 時間を掛け、自らの最良の未来を、自分自身で模索しなさい。」 件はいつもの笑顔で、薄く目を閉じ、黒澤にそう言って歩いて行った。 私は件の後を追っていったが、黒澤が付いてくる気配は無かった。 「…そういえば件、黒澤が刺された時、何であんな所に行ったの?」 「待ち合わせをしていたからですよ、彼と…。」 「黒澤と何を話すつもりだったの?」 「…それはまた、時機を見てお教えしますよ。 まだ私の方でも、準備が整っていませんので…。」 「…何の準備?もしかして、私に関係ある事?」 了
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