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「……ハッ……ん……ぁ」
長い長い口付けの後、ようやく解放されて、私は彼に毒づいた。
「この……猫かぶり! 二重人格! 変態ッ!」
「なんとでも」
「フン……!」
機嫌良さそうにニヤリと笑う彼からは、先ほどの暗い表情は伺い知れ無い。もしかして、キスするための口実だったのではないかとすら思えてしまう。
余裕すぎてムカつく……。
私は顔をそらし、帝に背を向けた。すると、今度は後ろから抱きつかれてしまう。
「っ……ちょっと」
「……なぁ千早」
「なっ……なに……?」
本当に恥ずかしい。
「俺たち、ずっと一緒にいような」
「……っ」
――え?
再び真面目な声でそんなことを言い出す帝に、私は思わず振り返る。先ほど感じた違和感は嘘では無かったのだろうか、とどこか冷静に考えながら。見上げた先には、私をじっと見つめる帝の顔がある。凛々しくて、強くて、優しい……帝の。
「千早」
名前を呼ばれた私は、捕らわれる。
「好きだよ、千早」
「……!」
この瞳に。眼差しに。
それに、この表情は反則だ。男なのに……色っぽいと思ってしまう。……悔しい。心臓が、うるさい。
「……あ、あの、帝」
声が上手く出てこない。頭の中がから回って、何と言ったらいいのかわからなくなってしまう。
けれど帝は、そんな私をひとしきり見つめた後、急にニヤリと唇を歪ませる。
「――ふっ」
そして、そんな帝の口から漏れ出るのは、間違いなく笑い声だった。
「ぶっ……!あっははは!やべ……千早、いいよ、すげぇいい」
「――!?」
これはいったいどういうことなのか。まさか私、からかわれた!?
混乱する私を置いてきぼりにするように、帝は右手で自分の顔をおおって笑いを噛み殺そうとしていた。
「ちょ、ちょっと……さっきからいったい何なの!」
「ひっ……はは……ッ、わ、悪い悪い、だって千早があんまり可愛くて……っ」
「はっ、はぁ!?」
酷い。やっぱりからかわれたのだ。人がせっかく心配してやったというのに、なんて男だろう。好きだって言ってすぐに、人の顔みて大笑いするなんて、人を馬鹿にしているとしか思えない。
――だけど。
私は知っている。彼は、彼の本当の気持ちを隠したいのだ。だって帝は、誰よりも強がりで、カッコつけなんだから。
ならば私は、帝の気持ちを尊重しよう。
「バカ帝!もう知らないッ!」
だから私は――不機嫌な振りをして――帝を怒鳴りつける。そうして、帝を一人その場に置いて、先に歩き出した。
「あっ!おい千早、悪かったよ、なぁ拗ねんなって!」
そう、きっと、これでいいのだ。帝が、私に見せたくない顔があっても、私はそれでいい。だって私たちは、たった2年の付き合いだけれど、誰よりも強い絆で結ばれているのだから。
「別に拗ねてな――」
私は、後ろから追いかけてくる帝に返事をして――いや、正しくは返事をしかけて、止めた。
「あっ」
あるものに目を奪われたのだ。そのあまりにも可愛らしい姿に、私は思わず立ち止まる。
「千早? どうかした?」
追い付いて来た帝も私の視線を追って――目を止めた。そこには――。
「猫!」
そう――私たちの行く先には、可愛らしい黒猫の姿があった。
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