2/9
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 狐は化けるのが好きであった。  木に化け、石に化け、時に人にすら化けて、道行く人々を騙しからかっては面白がるのであった。  狐は食い物さえあれば良い。人の様に、大判小判や値打ち物の布地や立派な書画には興味が無い。持っていても何ら役に立たない。ただ寝床の場所を取り、ふさふさとした立派な尻尾をゆったり伸ばす邪魔になるだけである。  狐が欲しかったのは、旅の者が支度に持った旨い弁当と、それから化かされた人間の間抜けな顔を笑うことであった。  食い物の中でも饅頭は特に良い。  狐の暮らす小さな山ひとつ越えた先の町に住む、知人達への土産に包んだものであろうか、道行く者は度々弁当とは別の饅頭の包みを持って歩く。甘過ぎずほくほくと舌の上で溶ける餡の味が随分と評判の、毎日『売切御免』の札が下がる流行りの菓子屋が在るのである。  狐はこの饅頭が大好物で、これを持った人間を得意の化かしで上手く引っ掛け手に入れられた日は、それはもう満ち足りた気分で住処に帰り、眠る前のひと時に甘い饅頭を頬張る喜びでふさふさの尻尾を振るのであった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!