3/9
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 さてさて、今日も仕事の時間である。  狐の仕事とは当然『人を化かす』こと。獣か獣を狙う猟師しか足を踏み入れぬ、正しく獣道を、歩き慣れた足取りで軽快に進む。向かう先は旅人が腰掛けて弁当を使うのに丁度良い、平らな石のある山の中腹である。  何時もは石の傍の茂みで人が来るのを待つのであったが、今日は一段とツキが回って来たか、そこには既に、何やら大事そうに風呂敷包みを抱えた若い男が、一人ぽつんと座っているのであった。 「これはこれは……今日は早速饅頭のご馳走かね」  しめしめ、と呟き声が漏れるのをぐっと堪えて、狐は男を遠目に見ながらどうやって化かしてやろうか思案した。  後ろ姿だけで何もかも判じることは出来ないが、男に何か特別な出来事があったのは、膝に抱えた風呂敷包みを撫でるその手の仕草から明らかである。 「祝い事かね、それとも辛い事があったかね。どちらにせよ、若い女が一番気を許すだろうかねぇ」  狐はそのように心を決めた。  音を立てぬよう細心の注意を払いながら、随分長いこと懇意にしている山の老木から頂いている神通力の強い木の葉を一枚頭にのせ、むにゃむにゃと変化の呪文を唱えた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!