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 さあさあ、あっという間に年頃の美人さんの出来上がりである。  足音を立てぬようそおっとそおっと道に出て、いかにも今登って来たという調子でもって、歩きにくい山道をよいしょ、と男の居る辺りへ向かっていった。  人間の、それも娘の格好というものは旅装束とは言え動きにくいものである。化かすのは楽しい、饅頭は食いたい、しかし矢張り何といっても元の狐の姿が一番に身軽である。狐はそんな当たり前のことを思いながら男に近づいた。  男は俯き加減で包みに没頭しているらしく、狐、いいや今は娘の姿に気付きもしない。これは余程良い物をお持ちだな、狐は心の中でほくそ笑んだ。 「あれあれお兄さん、お兄さんも矢っ張り山越えですかね?」  いかにも登りの道を来たかのようにふうっとひとつ息を吐いて、狐は男に声を掛けた。  ゆうっくりと顔を上げる。その顔にはにんまり、いやそれでは表し切れていないであろう、満ち足りているような何処か遠くを見ているような、何とも不気味な緩んだ表情が浮かんでいるのであった。 「ええ、まあ、ねぇ。姉さんはぁ、隣町かいぃ?」  ずるりと間延びした、何か嫌な気分にさせる話し方である。本当ならば化かして驚かすのは狐の側であるというのに、むしろ狐の方がうっすらと寒気を感じる位であった。
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