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飛び退いて腰を抜かしたのは狐の方であった。
「俺とは一緒になれないって言うんだぁ。でもこうすれば死ぬまで一緒だぁ」
開いた風呂敷包みから現れたのは、苦悶の表情で目を恨めしげに見開いた、青白い女の生首であった。
狐は人間相手の騙す賺すは大の楽しみである。悪い事は自分もするから詐欺師や盗っ人は仲間のような親しみすら覚える。
しかしそれが人殺し相手では堪らない。狐は今まで散々人を化かしてきたから当然猟師にも狙われやすく、また幾らおまんまにありつく為とはいえ、山の獣仲間が狩られた日には矢張り悲しい気持ちになるものだ。悪事を働く者なりに、何処かにやってはいけない線引きがあるのである。
それを同じ人間同士で殺してしまうなんて。
人の世の中、そういう話はたまに有るとは聞いていたけれど、自分が面と向かって人殺しに出会うのはこれが初めてだった。
ただ出会うだけで済むのなら。
「俺はぁ、見つかったらお仕舞いだぁ。姉さん、今こいつを見たことを誰にも言えないようにしてやるなぁ」
男が懐から出したのは、よぉく研がれた出刃包丁であった。
狐の頭の中は真っ白になった。体がうまく動かない。
真っ白の次は今までに化かして笑った人間共の顔であった。皆驚いて、そしてやられた、と悔しそうな顔をしている。だが今そんな事が浮かんでも、この場をどうにかせねば詫びに行くことも出来やしない。
ずり、ずり。
草鞋を引き摺って男は近付いて来る。
どうする、どうする。
ずり、ずり。
男はにんまりとしたまま、右手の出刃包丁を振りかぶった。
その時。
どろん、と狐は変化を解いた。今度は男が腰を抜かす番である。ひゃあ、と振りかぶった包丁を取り落とした。
狐はさっと立ち上がった。何とかして逃げなくては。
でもその時、男の脇に転がっている女の首と目が合った。丸で狐に何かを訴えかけているようだった。怖くて怖くて、四つの足はがくがく震えているけれど、どうしても女の視線から逃れられなかった。
「お前ぇ、いっつも悪さばかりするっていうあの狐かぁ。丁度良かったなぁ、どうせこれからお前を退治しに猟師が何人も山へ来るぞぉ。今くたばっても同じだぁ」
男は包丁を持ち直し立ち上がろうとする。
何てことだ、どうする、何処へ逃げる……。
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