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 のそり、のそり、男は狐へと近づいてくる。それでも転がった女の顔が、綺麗な硝子細工のようにもう映すことしかしなくなった女の瞳が、狐を捉えて離さない。  真っ白な、いや青いと言ってもよいくらいの女の肌に、形の良い唇だけが妙に赤かった。赤い、赤い、ほんの少し前まではちゃあんと灯っていた、命の赤であった。  ふと狐の中に、今までに感じたこともないような熱い熱い熱とも呼べる何かがうまれた。情、憐憫なのか、死してなお、苦痛に目を見開いていてそれでもなお、『消さないで』と訴えかける女の唇、その熱をもったような赤の美しさに心奪われたのか、狐は居ても立ってもいられなくなってしまった。  この女の首を、身体の元へ返してやらねばならぬ。  命の糧とするのでもなく、自らの命を守るためでもなく、ただ己のどす黒い欲望のために、こんなにも命の熱を唇の赤に宿した、これから好いた男との間に新しい命を宿し、産み、育んで、そうやって生まれてきたもの宿命を全うするはずの若い美しい命の灯火を、こんなに身勝手な男のために奪われてよいはずがない。
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