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 今日も狐は、麓の村で評判の饅頭の包みを下げた旅人がいないか、彼らが一休みする岩場のそばでのんびりと待っている。  首なし死体が出たと大騒ぎの麓の村では、その首をくわえた狐が現れたことで蜂の巣をつついたような更なる大騒ぎに見舞われた。  一部は 『このいたずらばかりする狐がやったに違いない』 と、猟銃なんて物騒なものを持ち出して狐退治をしようと躍起になった若い衆もいたが、傷痕を見れば獣が咬み千切ったのではないことは明らかである。  冷静な村の衆がその場を諫め、何やら着物の裾を噛んで引っ張る狐の様子を不審に思い、狐が先導して山の中腹へと恐る恐る足を踏み入れた。  そこには、出刃包丁を片手に、明後日の方角へ女の名前を呼び掛ける、虚ろな目をした男がだらりと座っていた。  欲望の、執着の成れの果て。  人間だからこそそんなことになるのか、それとも狐の自分も、何かひとつ踏み外してしまえば、あの恐ろしい虚ろな瞳をした存在になり得るのだろうか。  狐は化けて騙して旅人の風呂敷包みを狙うことをやめにした。  死んだ者の首を見つけて運んできたお手柄だと、時々村の者が大好物の饅頭を、山の岩場に置いていってくれる。最近はもっぱらそれを楽しみにする日々である。  欲を出すとろくなことがない。 『あの男のようにだけはなるまい』  狐はそう心に固く決めたのであった。
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