かくてD.E.M.の歯車は回る<tutorial>

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 けれどここは、そんな場所とはほど遠い。言うなれば舞台の袖、控室。僕という役者はステージで台本の通り演じれば良いけれど、ここにはそれが無い。  だから必然と、僕は彼女にされるがままだった。 「それじゃ、第2ラウンド始めるね」  排気口の駆動音が響く中、薄明かりの月に照らされた彼女はいひひと笑んで、細い指先を僕の胸にすべらせた。僅かな所作で起こる衣擦れの音は、耳障りな環境音より鮮明だった。 「ふっ、う、ん……は、ぁっ……!」  波打つ律動に身を任せ、彼女は弓なりに身体をしならせる。三日月を背に、肌もあらわに息つく姿はとても扇情的で蠱惑的で――ひと言も発せなかった僕は、果たして目を奪われていたのか、見る目が無かったのか。  ふと、痛覚。  細指ではあるけれど、よく手入れされた爪。それが僕のシャツにしわを寄せ、その上で肌に食い込んでくる。眉をひそめた僕に気付いたのか、彼女は上気した頬で微笑むと、おもむろに僕に覆い被さった。  薄布越しの柔らかな感触は確かな鼓動と熱を持って、汗ばんだ首筋に張り付く髪が――特徴的な香水の匂いが――僕の鼻をくすぐる。 「力抜いて良いよ。キミは何もせずに、私に任せて」  やがてするりと僕の首に、腰に、陶器のようにすべらかな腕が回され、僕もそれに応えて彼女の身体に腕を回した。柔らかく、力を入れれば折れてしまいそうな華奢な身体。  ――けれど、知っている。ここに至るまでをこの目で、この身で感じた僕は、その程度では彼女に些細な傷すらつけられないことを。  
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