かくてD.E.M.の歯車は回る<tutorial>

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 そんな僕と対照的に、黒塗りの足場に悠然と立つ彼女はぺろりと舌を出して、小悪魔じみた笑みを浮かべる。  ――“守る”。  そうだ、彼女は僕を――。  遠く眼下、暗闇と砂埃で判然としない路地裏。けれど、そこに何かがいるのは間違いなかった。 「誰の遣い魔か知らないけど、アレ全部キミを狙ってたんだよ」  夜風を全身に受け、なびく衣服に先ほどの乱れはない。今一度、三日月のみに照らされるその姿。  白いワイシャツ、  タータンチェックのスカート、  ゴシック調のミニハット。  猫のように狡知な瞳は真っ直ぐ僕を見据え、月光弾く髪留めに留められた蜜色は、毛先に沿って夜暗に溶ける。  そして芳香とした匂いは――思い出した。ローズマリー、退魔の香りだ。 「距離は離した筈だけど――追ってくるね」  さらに高度を上げる大烏。  眼下に広がるは赤白青黄、鎮座するビル群、押しては大都市彩る人工の光。  最早照らすは月にあらず、下から吹き上がる生温かい空気が舞台の一転を告げる。 「放っておくわけにもいかない、というか元々アレを始末しに来たんだし。キミには悪いけど、もうちょっと付き合ってもらうよ」  言い、スカートの下――今まで隠れて気付かなかったホルダーから、無骨に黒光りする二丁の拳銃を取り出した。  それは本物か作り物か、この薄明かりでは判らない。けれど、その銃身に刻印された模様、幾何学的な細工を見て僕は確信した。  そうか、やっぱり彼女は――。 「いひひ、それじゃ始めよう。  正真正銘の第2ラウンド、     Hexennacht     “魔女の夜” を」  妖艶な笑み、引き金引く音。  四月の終わり、鬱蒼と茂る摩天楼を俯瞰する高みにて。  この日僕は、僕を演じないことを知り、一人の魔女に出会った。  
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