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「…だってさ」
ひとしきり絵本を読み終えた彼女は、その本をぱたんと閉じて傍らに置いた。
体ごとこちらに顔を向けると、少し近付いて俺の胸に頭を擦り寄せる。
その表情は安堵のような
怯えのような
不安のような
あぁ、それは無理もない。
あと数分で終わるこの時間が過ぎれば
その後は彼女の生き地獄が始まるのだから。
「…ごめん、ね」
そっと包み込むように彼女の頭を抱きしめたら、「ちがうよ、せんぱいのせいじゃないよ」なんて偽りの慰めを口にした。
だって
だって
俺のせいじゃないか
俺は無知すぎた。
彼女の身の回りで起きていることなんて、入院中に託けて知ろうともしなかった。
あぁもし、もしも俺が病気になんてかからなければ。
俺は彼女を護れたかもしれないのに、こんなにぼろぼろにさせなかったのに。
俺は見舞に来る彼女の貼付けられたつくりわらいにまんまと騙されていたのだと気付いたのは
つい最近のことだった。
「ねぇせんぱい」
「…何?」
「わたしが読んだ絵本の内容、聞いてた?」
「うん。聞いてないわけないよ」
「そっか…あのね、このお話ではね、人魚は人間とキスしたら死んじゃうの。だから、人魚は溺れた王子様を助けようとして、人工呼吸したから死んじゃったでしょ?」
「あぁ、そうだったね」
「わたし、は…せんぱいにキスしたら、せんぱいを救える?せんぱいにキスしたら、死ねる?」
ゆるりと顔を上げる。
その瞳にはまるで生気がなくて。
ただただ俺の周りの空間を、ぼんやりと眺めているように見えた。
「君じゃ俺は救えない。
俺が君を救えなかったように…
俺も君と同じくらい、苦しむべきなんだ」
六割は自分へ吐き捨て
残りは相手へ諭す。
そして、今度はぎゅっと
強く抱きしめた。
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