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「ここ」
秋月の病室へと向かうため、少し前を歩いていた山瀬は足を止め、振り返り言った。
視線を斜め上にやれば、部屋番号の下に“秋月 茜”とあった。
途端に全身が強張る。
山瀬がひと足先にドアを開けると、中からは思いの外陽気な笑い声が勢いよく飛び出してくるから、拍子抜けしてしまう。
「結衣子」
一体誰のことか。
部屋に入ろうとせずに、山瀬は中にそう呼び掛けて手招きをしてみせる。
「はぁーい」と軽い声が奥から伸びたと思うと、山瀬の向こうに人影が見えた。
「帰るぞ」
相手になんの説明もなくそう言うと、山瀬は踵を返し、体をこちらへと向けた。
次の瞬間目が合うと、山瀬は顎先を使って病室へ入るよう促す。
「ちょっと待ってよ、嵐士ってば!どうしたの、いきなり……」
慌てた声と共に、一人の女の子が勢いよく病室から駆け出してきた。
山瀬の向こうに立つ俺に気付いて言葉を切ると、その女の子はじっと俺を見つめる。
まんまるな目をさらに丸くすると、彼女はパッと表情を明るくして、それを無理矢理押し込めるように口を閉ざした。
「嵐士ってば、カッコいいー!」
そして、飛び付くように山瀬の腕に絡み付いて言う。
それを受けて「だろ?」なんて笑いながら、山瀬はその子と2人で俺の横を通りすぎ、去っていってしまった。
気を利かせてくれたのだと分かり、感謝しながらその背中を見送る。
それが見えなくなってやっと、俺は病室のドアに向かい、恐る恐るノックした。
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