プロローグ

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「会社の方、大丈夫そう?」 美香がこちらに気づいて顔を向けた。ああ、と返事をし、そこに何時の間にか立っていた医者と葬儀屋と形式上の挨拶を交わす。そこからは坦々とした時間が流れた。僕と美香は取り乱すことなく話を続けていく。 決して僕らは悲しくない訳ではない。美香は母親に良く似ている。そして僕と妻は悲しみ方はよく似ていた。 本当に悲しい時、僕らは感情を表に振りかざすことなく、心を2つに分けて悲しみを噛み砕いていくタイプだった。僕はそう解釈している。1つは悲しみ心を閉ざし、何も考えたくないと訴える自分。それを感じながら日常やるべきことをこなすもう一つの自分。 妻はドキュメンタリーを見て号泣し僕の胸にしがみつき、自分の母が亡くなった時は1ミリも泣かずに初七日あけにはいつもと変わらずアルバイトに復帰していた。バイトを休んだ理由はインフルエンザ。当時恋人なりたてだった僕は、少しも異変に気づかなかった。
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