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「ああ、西前君」中町薫は、僕を見て戸惑ったようだった。「おはよ……」
「おはよ……」
戸惑いの大きさで言えば、僕の方が格段に上だった。クラスメートなのに挨拶を交わすのは、今日が初めて。
お互いのぎこちなさが、今の二人の関係を如実に表していた。
いや、中町と中町を除いたクラス全員の関係と言うべきだろうか。
「楽器の音が聞こえたんで、来てみたんだけど……」
「そう。下手くそな演奏聞かせちゃって悪かったかな?」
「そんな良し悪し分かんねぇし。十分上手かったと思うよ」
「ありがと」
会話が止まり、沈黙がおとずれた。
沈黙は一度破る機会を失うと、重く影を落として場を支配する。次の言葉を吟味する時間は、十分過ぎるほどにあった。しかし、それを出力する発声器官が途端に性能を落とした。
まだドアに掛かったままの手が汗ばんできた。
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