乗客

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車体は間隔をあけて小刻みに揺れる。 聞こえてくるのはカップルの楽しそうな会話。 それ以外の乗客は皆、死んだように身動きひとつしない。 落ち着かなかった。 気を紛らわそうと持ってきた文庫本を開いたが、同じ行ばかり繰り返し読んでしまっている。 視界の端に意識を向けると、ぼくの前に座っているのは幼い子供であることがわかった。そのすぐ右隣には母親らしき女性。 子供ははしゃぎもせずにおとなしく席に座っている。足をぶらぶらさせてもいないし、ゲームをしているわけでもない。もちろん眠ってもいない。ただ太ももの上に手を乗せて俯いているだけ。 子供にしては行儀が良過ぎないか。ぼくがあのくらいの歳だったら、間違いなく車内を走り回って親に怒られているだろう。 絶対におかしい。 そんなことを考えているうちに電車は耳障りな音を立てて停止し、扉が開かれた。
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