人間水槽

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世界が静まりかえる。耳元でゴボゴボと音がする。 水の底は真っ暗で何も見えなかった。 水を掻いて水深を下げる度に、水が冷たくなっていくような気がする。ボタンのある深さまで到達するまでに凍え死んでしまうような気さえした。 何メートル潜ったかはわからない。 赤い光が見えた。 あった。あれがボタンに違いない。俺はさらに深く潜っていく。 あれを押すとどうなるかはわからない。けれども、あのボタンを押すことしか俺たちに道は残されていない。その思いが俺の腕を動かしていく。 俺は一瞬動きを止めた。 赤い光のそばにある二つの光。 怪物だ。 俺が動きを止めたのは、怪物を見たからという理由だけではなかった。 水圧がすごいのだ。 鼓膜が破れそうだった。肺も圧迫されている。今何メートル地点かわからないが、ボタンがある二十メートル地点は水圧も尋常じゃないくらいかかるだろう。 ユウキが赤い光に向かって潜っていくのが見えた。 ユウキもこの水圧に耐えているのだ。ユウキにばかり頼ってはいられない。 二つの白い光がユウキに向かっていくのが見える。 まずい。ユウキ、逃げろ!と、俺は心の中で叫んだ。 ここで息も続かなくなった俺はとうとう耐えきれなくなって明るい水面へと浮上してしまった。
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