始まりの合図

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 「ふぅん……」  菜穂子の左耳に吐息が届く距離で、ただ淳はそう漏らした。  頑なな態度の彼女。  けれど声をかける度、吐息を漏らす度にいちいち反応する。  届いた吐息に震えて、手を握りこんだその左手に彼女は気づいていないのだろうか? と思いつつ、距離を保ったまま続けた。  「じゃあ、質問を変えます。こんな時間に呼び出して、悪いとか思わなかったんですか」  あえて突き放したかのように、淡々と投げかけた。  本音は淳の中では何とも思っていない。  むしろ、ようやく先輩が俺のことを頼ったとほくそ笑んだくらいだ。  それでもその言葉は菜穂子の心に深く刺さりすぎたのか、迷いなく慌てて彼女は顔を上げた。    「違……ッ」    菜穂子は悪いとは思っていた。  けれどそれを口にも態度にも出せなかっただけだ。  そして……それを許してくれると、どこかで勝手に思っていた。  彼なら。  向坂淳なら、黙って受け入れてくれると。  だからその手痛い反撃に菜穂子は慌てた。
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