2484人が本棚に入れています
本棚に追加
「ふぅん……」
菜穂子の左耳に吐息が届く距離で、ただ淳はそう漏らした。
頑なな態度の彼女。
けれど声をかける度、吐息を漏らす度にいちいち反応する。
届いた吐息に震えて、手を握りこんだその左手に彼女は気づいていないのだろうか? と思いつつ、距離を保ったまま続けた。
「じゃあ、質問を変えます。こんな時間に呼び出して、悪いとか思わなかったんですか」
あえて突き放したかのように、淡々と投げかけた。
本音は淳の中では何とも思っていない。
むしろ、ようやく先輩が俺のことを頼ったとほくそ笑んだくらいだ。
それでもその言葉は菜穂子の心に深く刺さりすぎたのか、迷いなく慌てて彼女は顔を上げた。
「違……ッ」
菜穂子は悪いとは思っていた。
けれどそれを口にも態度にも出せなかっただけだ。
そして……それを許してくれると、どこかで勝手に思っていた。
彼なら。
向坂淳なら、黙って受け入れてくれると。
だからその手痛い反撃に菜穂子は慌てた。
最初のコメントを投稿しよう!