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「だ、め……ッ」
ようやく漏れた常識ある言葉。けれどそれに構わず彼は私を抱きすくめたまま、さらにきつく吸い上げてからリップ音を立てて離れた。そして、有無を言わさぬ速さで髪を一まとめにしていたシュシュを取りあげられた。
「あ……」
何が何だか分からない行動の数々に思考が追い付かず、まともな言葉が出ない。慌てて右手を首筋にあてると、パラリと落ちた自分の髪に触れた。
「コレ、プレゼントに頂きますから」
なぜか彼によって決定したプレゼント。その真意を測りかねて、じっと見上げると彼は満足そうな顔をして嬉しそうに笑った。
「先輩は、髪が綺麗なんだから。おろしてもらわないと」
そう言いながら伸ばされた手が、私の髪を一房握る。その手の先を辿って行って再び彼の瞳とかち合うと、今度は意地悪そうな笑みを浮かべて……と見えるのは私だけで。実際には、人のよさそうな最高の笑顔で彼は私に言った。
「コレ、返してあげますから。――菜穂子が今晩、家に来たら」
そう言い置いて、彼は『じゃっ』と手を上げて去って行った。残された私は、時間を置いてからその意味が分かり、遅れて顔に熱を持ち始める。
「……ば、か……っ」
小さく暴言を吐きながら、少し震えたを伸ばして珈琲のたゆたうカップを掴む。まだ湯気をくゆらせるそれを、そのまま一気に喉に流し込んでカップを捨てた。なぜか自然に上がりそうな口角と、それに並行して落ち着かない心臓。
どうしたいかってまだ頭では処理できていないのに。気が付けば私は独り言を漏らしていた。
「プレゼントなんか、あげないんだから」
……だから、取り返しに行かなくちゃ、今晩。
ヒールの音を響かせてながら、私は自然と足早になるのを止められず、騒がしさの止まない部屋へと戻った。
けれどもう、後悔はしない――
私のプレゼントは……
end
25.4.27
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