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『俺で手ぇ打っておけよ』
この言葉から始まって、1年が経ったな――
頭の中で過去に言われたフレーズを思い出しながら、目の前で剥かれていくみかんを見つめ、麻衣子(まいこ)はテーブルにぺたりと頬を引っ付ける。
ひんやりと冷たさが広がる肌に、一瞬ぷるっと震えた。
こたつ布団を少し持ち上げると足元から熱気がもあっと上がってきて、肩の辺りまで温かさが広がる。
この温もりも、昔から変わっていない――そう思いながら、麻衣子は目を閉じた。
こたつってどうしてこんなに眠気を誘うんだろう、などと考えても答えの出ない疑問を、微睡(まどろみ)の中、頭の片隅で考える。
考えながらもその答えを纏める気持ちもなく、またうっすらと目を開けて目の前で剥かれたみかんを再び視界に捉えた。
四方に分断された皮はテーブルに置かれ、中身は大きな手の中に収められている。
しかし、器用な手先がまだそれを離そうとせず、綺麗に薄皮についた筋まで取っていた。
全ての作業を終え、白みのない、橙(だいだい)の球体になったそれを満足気に見つめて啓太(けいた)は尋ねた。
「お前食うか?」
手塩にかけて綺麗に剥いたそれを、スイと横から差し出して啓太は麻衣子の眼前へ置く。
けれどそれに何の反応も示そうとせずに、麻衣子は抑揚なく告げた。
「いらない」
「これ、美味かったぞ?」
「だったら食べれば?」
可愛げもなく、すげない返事を食らうけれど啓太はその程度では堪えない。
少しだけ肩を竦めて見せてから、球体をぱかりと半分に割り、中心についた白い筋をまた綺麗に取っていった。
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