指先王子

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 「食うぐらい自分でしろよ」  「やだ」  我儘にもそう返事をすると、麻衣子の口の中へ薄皮も剥かれた綺麗なみかんが押し入れられた。唇を閉じる一瞬、少しだけその指先が唇に触れる。  仕事の関係でパソコンばかり触っているせいか、指先だけが固くなっているそれを目だけで追いかけながら、麻衣子はあの手は嫌いじゃない、と改めて思う。  いつも、麻衣子のために尽くしてばかりの手だ。  噛みしめる度にみかんの粒がぷちぷちと潰れるのを口中に感じながら、甘みをしっかりと舌の上で感じ取って飲み込むと、やっぱり薄皮も無い方がいいなと我儘な感想を持った。  それもいつも変わらないことだ。ここまではいつもと変わらず、今日も同じように繰り返されて終わるはずだった。しかし――  「ねぇ、そんなにきれいに剥いたのに、人にあげて嫌じゃないの?」  昔から、そう……幼馴染のころから変わらない対応をする啓太を見つめ、麻衣子は初めてその疑問を口にした。  小さいころ薄皮を詰まらせてすぐ咽る彼女のため、両親の親友の娘だという麻衣子に、両親の実家から大量に送られてくるみかんを啓太は剥いてやっていた。  年に数回会うだけの女の子。  そこまでしてやるいわれはないはずなのに、気づけば喉に詰まらせる年頃で無くなってからも、会えば麻衣子にせっせとみかんを剥いてやっていた。  しかし当時の啓太には、6つも下の彼女に何らの感情を持ち合わせてはいなかった。  いなかったはずなのに、いつの間にこの役目を――彼女にみかんを剥いてやるという至極面倒な役目を、取られたくないと思ったのだろうか。
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