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「人に、じゃなくて、麻衣子にだろ?」
薄く笑いながら啓太が次のひと粒を剥いてまた差し出すと、麻衣子はそれをパクリと食べた。
ただただ甘いそのみかんに舌鼓を打ちながら、また指先が唇に触れた、と認識する。
「一緒だよ」
「違うよ」
「ふーん……」
納得がいったとは思えない、けれど興味の下がってきた麻衣子の相槌(あいづち)に啓太は苦笑する。いつだって彼女は自由だ。
けれど、おいし、と言いながら目を細める姿を見て啓太は満足していた。
「でもさ」
「何?」
首を傾げる麻衣子を横目に見ながら、新しいひと粒を摘んでまた薄皮を剥いでゆく。
剥いて出てくるのは、綺麗な橙の粒だ。それが頭上の光に照らされて光ったような気がした。
それにまた満足しながら、啓太は麻衣子にその粒を差し出して唇の前で止める。
いつまでも中に押し込まれないソレを訝しく思いながらジッと啓太を見つめると、麻衣子にニヤリと企むような笑みが返された。
「どれだけ綺麗に剥いても、誰にもやらないのもあるよ」
「そうなの?」
そんなことがあるのか、と心底驚いた顔をみせる麻衣子に、啓太はフッと笑う。
彼女は、美しく剥かれた全てのものを、啓太から貰えるものと信じて疑っていないのだろう。
こういう馬鹿みたいに素直なところは純粋に愛しいな、と思う。
付き合って2週間だかの彼氏に振られた、と泣いていた一年前。
みかんを剥きながら口からついて出た『俺で手を打っておけ』の言葉は間違っていなかったと啓太は実感する。
そうしてグッと口の中に新しい粒を押し込んでやってから、じっと麻衣子を見つめて言った。
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