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葉桜が萌える、初夏のある日のことだった。アスファルトの道路は陽炎でユラユラと揺れ、蜩はカナカナと鳴いていた。その蜩は僕にはどうにも哀れに見え一つ嘲笑をくれてやる。
木漏れ日が無駄に広い廊下を照らす。カツカツとロファーで音をたてながら歩いていると職員室と書かれた銀色のプレートが目にはいる。
そのプレートの下にある扉をガラリと少し不躾な音をたてて中に入ってくる。
作業をしていた教員達が数人こちらに目を向ける。
すると、給湯室から一人の老教師がマグカップを持ってヨロヨロと現れた。
「何だ、また呼び出しか?」
せせら笑いながら老眼鏡を外しこちらを見てくるのは山中の爺さんという。美術の教師で、色々と世話になっている。
「ええ。まぁ、不本意ながら」
少しドスの効いた声でいうとさっきまでこちらを見ていた教職員が一斉にまた机に向かい出す
「そうか。頑張れよ」
山中の爺さんは二ヘラと笑うと、コーヒーをマドラーでかき混ぜながらヨロヨロと自分の席に戻って行った。
「南條君、やっと来た」
山中の爺さんと入れ替わる様に一人の細身の若い男が僕に寄ってくる。
今日、僕は担任の吉場によって、この、職員室に呼び出されていた。
「南條君、最近なんかあったか?」
どうやら高学歴らしく、何となく知性やら何やら、そういった雰囲気が感じ取れる。
だが僕はそのような雰囲気が嫌いだ。何か見透かされたような気がする。外面で隠している内面を、えぐり取られそうな気がしてしまう。
「いえ、特には」
顔は無表情だが、何か自分の中から引き出されるのではないか、という不安にあてられる自分がいる。僕をここまでさせるほどこの男には「嫌な」雰囲気があった。
「そうかなぁ。でもね、いろいろな先生から聞くんだよ。南條君のやる気が見えないって。授業中寝てたり、そっぽ向いてたりって」
あくまで物腰は柔らかに、そして遠回しに聞いてくる。見た目は優しそうだが、内面はかなりエグい。遠回しに遠回しに質問していき、自分の気付いていても認めたくない部分を自分の口から言わせるのだ、一種の誘導尋問である。この卑劣極まりない会話の手口も僕の吉場に対する心象を下げる大きな一因なのかも知れない。
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