独白

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「あ、あああ…………」  目の前で横たわるつい今し方まで『母親』として生きていたモノは、腐敗が進行し灰緑色に変色した肉と骨が覗く腕を、言葉になっていないくぐもった声とともに僕に向かって差し出してきた。  その様は我が子に触れる為にとも、救いを求めるようにも見える。  だが僕はその手を取らず、ただじっと見返した。頬を伝う雫の感触に気付かないふりをして。  鼻に衝く、強烈な腐臭と血腥い臭い。  強い不快感と吐き気を催す異臭は、きっとこの先々で嗅ぎ慣れてしまうだろう。  そんな事を鬱々と思いながら、冷たい石畳に横たわる〝生きていたモノ〟を見下ろす。  とっくの昔に亡くなっていたはずの母親。今まで喰われていた死期を迎え、本来あるべき姿になりつつある母親。  知らなかったんだ。  〝死〟がこれ程まで悲しくて、苦しくて、哀れで、無慈悲で、平等だったなんて、知らなかったんだ。  あの時の僕達は、愚かなほど無知だった。せめて、あの場に居合わせなければ、こんな事にはならなかったのに……。  今更後悔しても遅いのは分かっている。あの日を境に、今まで築き上げてきたものは壊れてしまった。  戻れるものなら戻りたい。皆が笑いあえていた、あの心安らいだ日々に。  穏やかな眼差しと笑顔を向けてくれる愛しい人の許に。  正直、もう嫌だった。背負ってしまったものが重すぎて、身体は限界を迎えていた。まともに寝る事も食事を摂る事も叶わなくなっていた。  でも驚く事に、心は穏やかになった。零れる涙とともに今までの感情も流れたのか、澄み切った空のように晴れ渡っている。  感慨に耽っていると、至る所で悲鳴が上がり始めた。
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